自然治癒を重視する視点とは
剪定後の切り口には癒合剤を塗布することが一般的とされていますが、一方で「癒合剤はいらない」とする自然治癒重視の考え方も一定の支持を集めています。この立場は、植物本来が備える回復能力を尊重し、余計な介入を控えるという自然派園芸思想に基づいています。
植物は、傷ついた切り口から「カルス」と呼ばれる癒合組織を形成し、時間をかけて自らの傷を修復していく力を持っています。特に環境条件が整っている場合には、外部からの手を加えずとも健康な再生が可能とされ、剪定のダメージを最小限に抑えるためにも“自然に任せる”というアプローチは有効とされるケースがあります。
この視点にはいくつかの根拠があります。
- 癒合剤の使用が切り口の封鎖を妨げる可能性がある
- 過剰な塗布が雑菌の温床になることがある
- 一部の癒合剤には植物に刺激となる成分が含まれていることがある
- 実際に放置したほうがカルス形成が早かったという報告がある
また、癒合剤を塗ることで木の呼吸を妨げるリスクも指摘されています。樹皮や木質は表面でガス交換を行っており、密封することで通気性を損なうと病害発生のリスクを高める可能性があります。
このような自然治癒を重視する観点は、とりわけ小枝の剪定や通気性の良い環境、病害が出にくい樹種においては理にかなっており、すべてのケースにおいて癒合剤を使用する必要はないという合理的な立場を形成しています。
ただしこの立場を採用する際は、以下のような条件を満たしていることが前提となります。
- 雨の少ない時期に剪定を行うこと
- 剪定の切断面が鋭利で滑らかに処理されていること
- 病害虫の被害履歴がない健康な樹木であること
- 剪定後の風通しと日当たりが良好であること
このように「癒合剤はいらない」とされるのは植物の自然治癒力を前提とした判断であり、その思想は有用ですが、すべての状況に適用できるわけではないことを理解しておく必要があります。
癒合剤が不要とされるケースとその根拠
剪定後の処理として癒合剤の塗布が一般的になっている一方で、使用が必須でない場面も多く存在します。特定の状況や樹種においては、癒合剤を使用しなくても問題が発生しにくく、むしろ使用しないことで自然治癒が促進されるという研究や実例も報告されています。
癒合剤の使用が不要とされる主なケースには以下のようなものがあります。
状況・条件
|
癒合剤使用の必要性
|
理由または根拠
|
小枝(直径1cm未満)の剪定
|
不要とされる
|
自然治癒力で十分回復可能。カルス形成が早く雑菌侵入リスクも低い
|
乾燥していて風通しが良い環境
|
条件付きで不要
|
湿気が少なく腐敗リスクが低下するため、保護が過剰になるケースがある
|
雨の少ない時期の剪定
|
条件付きで不要
|
雨水侵入の可能性が低く、自然乾燥が期待できる
|
病害履歴のない若木
|
不要とされる
|
健康な若木は再生力が高く、切り口も小さい傾向にある
|
特定の樹種
|
研究によって不要とされる
|
一部樹種では癒合剤が逆効果となる事例があり、学術研究で報告されている
|
特に直径が小さい剪定の場合は、傷口が早く閉じるため、癒合剤の塗布によってかえって通気性が損なわれ、湿気がこもることで雑菌が繁殖しやすくなる懸念があります。これは家庭での観葉植物や小規模な庭木の剪定によく見られるパターンです。
また、剪定の「タイミング」にも注意が必要です。梅雨や長雨時期を避け、秋の乾燥時期に剪定を行えば、雨水による切り口の湿潤リスクが低下し、癒合剤を使わずとも自然治癒が促進されやすくなります。こうした時期における剪定はプロの造園業者でも「癒合剤を使わない判断」がなされることがあります。
したがって、癒合剤の使用判断は「使うべきか、否か」ではなく、「この条件で必要か?」という状況判断が重要になります。必ずしも常に使用すべきというわけではなく、状況と樹種、切り口の大きさを冷静に見極めることが求められます。